〈息子が生まれた日①〉おしるし、陣痛
〈おしるし、来たる〉
突然ですが、11年ほど前。
ありきたりなことに、満月の夜でした。
2日ほど前から、もうパンパンにせり出した腹がなんとなく痛い。
腹の中には、息子が入っていました。
出産予定日は、1週間後。
出産を控えて大阪に里帰りをしていた麦は、なーんか、やっぱり痛いよなぁ、と思いつつも、
もぅ夜中やし、まぁ寝よ。
と、おトイレに入りました。
……めっちゃ血が出ました。
ひぃーヤバいよヤバいよと慌てて病院に電話すると、
それはおしるしやから、大丈夫。
様子をみてください。
と言われました。
母親学級で聞いてた「ちょっと血が出るともうすぐお産です。それをおしるしと言います。」っていうのとえらい違うんですけどぉぉぉー(T-T)!
麦は激しく主張し、鼻で笑われながらも病院に来ることを許可されました。
用意してあった入院セットをかかえて、麦母とタクシーで病院に向かいます(麦父は単身赴任中でした)。
タクシーの窓からは、ついてくる満月が見えました。
〈陣痛、来たる〉
夜中の病院に着きました。
大きな大学病院です。
実家の辺りで里帰り出産を受け入れているのは、この病院だけだったのです。
ひと通りのチェックを受けて、
まだまだ出てけぇへんな(出てこないね)。
明日になったら、病院の中でも歩き回ったらええわ。お産が早くなるから!
とまたもや鼻で笑われつつ、とりあえず陣痛室に入ることを許可されました。
大げさなヤツだと思われたのでしょう。
陣痛室には、先客の夫婦が1組。
あイタタ…
ほらほら、テニスボール(で痛みを和らげて)…
なんてやっています。
麦はその様子を、ひぃー痛そ!こわー!!
と横目で見ながら、あてがわれたベッドにもぐり込みました。
出産に立ち会う気満々の夫(東京)に、病院に来たことを連絡したりしているうちに、麦の腹は急速に痛くなっていきました。
話が違うやんけー!!と痛みに耐えている麦を見て、あろうことか麦母は、
ちょっと1回家帰って来るわ。
と言うではありませんか。
えっ…な、なんで…??
と聞くと、
準備があるから。
と言い、準備て何やぁぁぁー!?と叫ぶ麦を無視し、そそくさと帰っていきました。
話し相手もいなくなった麦の耳に、オルゴールが奏でる冬ソナのうたが聴こえてきます。
当時でもすでに時代遅れの感がありましたが、リラックスのためのCDを流していたのでしょう。
でも、リラックスしている場合ではありません。
とにかく猛烈に腹が痛い。痛くなる一方です。
まだアイタタ、テニスボールを繰り返している隣のご夫婦に気を使う余裕もなくなりました。
自分の口から、フワー、フワーという謎の高い声が出ているのが聞こえます。
麦母は一向に戻って来ません。
何してンねン💢
フワーを繰り返して夜が明けるころ、やっと麦母が戻ってきました。
痛がる麦に向かって、
ちょっと、何やのその声!?
エレベーターのとこまで聞こえてるやんか!恥ずかしい!!
と言い放ちました。
麦は怒りをこらえて、
こんなに長いこと、何しててン?💢
と聞きました。
麦母は、フツーに、
ご飯食べて、お化粧しててん。
ママ(夫の母)も来はるやろ??
と答えました。
さぁどうやってキレたろか、と麦が考えているところに、看護師さんがやって来ました。
看護師さん:入院になりそうやから、この書類書いてください〜
麦母:はいハイ、わたしが書きます〜
と調子よく受け取った麦母。書類を見ながら
ここは…?ここのは……こっちは何て……??
あーっ、もぅっ!暗くて見えへんわっ!
と言っています。
これの少し前から目の調子が悪く、暗いところではだいぶ見えなくなっていたのです(白内障由来の症状だったため、その後日帰り手術で回復)。
それやのニ、なんでオノレが書くと言っタ…??💢
もちろん、痛がる麦への、麦母なりの気遣いなのですが、
もぅ麦はキレました。
もぅいいっ!私が書くっ!!このっっ!!💢
と紙を引ったくり、フワーと言いながら自分で記入します。
テニスボール夫妻が引いている気配がします。
その間にも、腹の痛みはどんどん増していきます。
どうやらテニスボール夫人を、周回遅れからぶっちぎったようです。
まくれまくれ!まくらんかいっ!!
という言葉が、耳の中で何度もリフレインしていました(横山やすし師匠の声)。
まくるというのは、競輪で、コーナーを回る時に外側から一気に追い越すことです。
まくった麦は、歩き回るまでもなく、朝には分娩室への移動が許可されました。
始発で東京から大阪に向かうと言っていた夫は、息子の誕生に間に合うのでしょうか。
次回、息子の誕生、夫の言葉 に続く。